デンティンボンディングメカニズムの基礎と臨床実践
昭和大学歯学部保存修復学講座 助教授  伊 藤 和 雄

 デンティンボンディングシステムが本格的に臨床導入され、日常臨床に必要欠くべからざる修復技法として確立されて既に四半世紀を過ぎようとしています。前世紀半ば、1955年にBuonocoreによってエナメル質の酸処理法が提唱され、1964年にBowenによってコンポジットレジンが開発されたものの、接着性コンポジットレジン修復法は文字通り暗中模索の時代をさまよっていました。
 このような不確実な修復法の臨床応用を一気に現実化したのは、1977年にクラレ社によって報告されたリン酸エステル系接着性モノマーを含むデンティンボンディング材の開発です。さらに、このボンディング材は総山によって提唱されたトータルエッチング法を指示する3段階処理のボンディングシステムとして整備され、その後の一時期、すべての市販システムの基本形態となりました。
 このデンティンボンディングシステムの接着機構は、明らかに接着性モノマーと歯質との化学的な相互作用に基づくと考えられるものの、その接着はリン酸処理され、拡大した象牙細管内に進入硬化したレジンタグに基づくと解説されました。
 一方、1982年に中林は、トリメリット酸エステルを含むレジンセメントの接着機構について、クエン酸処理された管間象牙質表層に浸透硬化したレジンが接着を発揮する最大の要因であることを明らかにし、この層を樹脂含浸象牙質(ハイブリット)として報告しました。
 これら2つの接着機構の解明のあと、1984年にMunksgaadらは、注目すべき新しい接着材料を報告しました。すなわち彼らは、スメアー層を除去した象牙質面に直接ボンディング材を塗布するのではなく、グルタルアルデヒドとメタクリル酸誘導体を含む水溶液によって一旦象牙質面を濡らし、乾燥することによって接着性が著しく向上することを明らかにしました。これが、デンティンプライマーの原典となり、その後の市販システムは大きく変革されて現在にまで至っています。このMunksgaardらの報告以降、デンティンボンディングの基礎を大きく揺るがす新しい接着性モノマーや接着技法は一切見受けられません。ところが、市場にはいかにも斬新さをアピールする材料やシステムが次々に現れては消え、消えては現れているうちに、いつの間にか最新のシステムはトータルエッチウエットボンディングと称して、20年以上も前にわが国で用いられていた極めて古典的なシステムに舞い戻っています。


 臨床に携わった経験がある歯科医師ならすべての人が、これらさまざまなデンティンボンディングに関して入り乱れる諸説とは関係なく、象牙質は古より変わることはなく、したがって普遍的な接着理論が存在することは直感できるはずです。さらに、さまざまな貴重な研究報告の内容についても、臨床的な意義が全く理解できなかったり、さらに接着に対する臨床的な疑問に対して、的確な解答が見出せない場合も極めて頻繁に経験されます。
なぜデンティンボンディング材は象牙質よりもエナメル質に強力に接着するのか、どのコンポジットレジンが臨床的に奏効するのか、象牙質を酸処理することは接着に有効なのか無効なのか、どの程度の接着強さが臨床的に満足できるのか、う蝕の直下に形成されている硬化象牙質はどのように処理すべきなのか、そして最終的には、どの材料をどのように使えば、何よりも患者と歯科医師双方に信頼できるデンティンボンディングが得られるのか。


これらの疑問はすべて保存修復学を専攻する研究者達にとっても共通しているはずなのに、現実にはその解答のために必要な理論の確立がいまだに立ち遅れています。我々はあくまでも臨床的な立場から、臨床的なデンティンボンディングシステムの確立を目指してきました。
 すなわち、デンティンボンディングの目的とは、コンポジットレジンペーストを窩壁に接着させたまま重合を完了させ、重合収縮量のすべてをコンポジットレジン表面に開放させること以外にはありえないこと。
象牙質は本来、接着には不向きな構造を持っているために、これをいかにしてエナメル質の物理、化学的な性状に近づけるかが接着の成立に影響すること。
さらに最終的には接着の成立とは、接着するものと接着される物質が接着界面に高濃度に保たれ、これら複合体の重合を阻害する因子をいかに効率的に排除でき得るかによって決定されると考えられることを明らかにしてきました。
 このような理論は、Asmussenが1975年に提唱した、象牙質円柱窩洞に填塞、硬化されたコンポジットレジンと象牙質窩縁との間に形成された辺縁ギャップ(コントラクションギャップ)の幅を比較計測することによって得られた無数の結果から導き出されたものです。その臨床技法はエナメル質のリン酸処理、象牙質面上のスメアー層の除去、適切なプライミングによるボンディングモノマーの浸透抑制、リン酸エステル系モノマーを含むボンディング材の適用、および窩洞に流れ込みやすいコンポジットレジンの填塞という、基本的な5段階処理を忠実に実践することが必須の条件となります。本講演では、デンティンボンディングの基礎と臨床実践の詳細を解説し、臨床デンティンボンディングについて意義のあるディスカッションを期待させていただく所存です。



当日の理解を深めるためにも、ぜひ事前にお目を通し下さい

接着性コンポジットレジン修復

伊藤和雄 著 医歯薬出版株式会社
定価(本体:9,000円+税)
総頁数:160頁
判型:A4判変
発行年月:2000年11月
ISBN4-263-45488-X
象牙質・エナメル質に対する接着機構の基本メカニズムをわかりやすく解説したうえで,象牙質にやさしい接着システムの選択および臨床ステップをビジュアルに整理し,さらには術後の評価までをまとめた。



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