no.17 2000/07/01

title:リスボアの夕日

日本がまだバブルの景気にそれと気づかず浮かれていた頃、僕らはポルトガルの西のはての海岸で偏西風に揺られていた。
首都から出発したバスでたまたま乗り合わせた香港からきたという彼と意気投合し、ユーラシア大陸の西の果てというこの岬にやってきたのだった。
思えばこの大陸の東の果てからじわじわと移動してきて、ようやくこの海岸を見ることができた、なんて感慨は残念ながら無い。
飛行機さえに乗れば、週末に訪れることができない場所なんかもうこの惑星には残っていないことを僕らはみな知っているからだ。

ぶ厚い質感の雲を貫通して、時おり神のカーテンが海に注ぐ。
この莫大な量の海水の向こうに広がっているはずのアメリカ大陸に思いをはせ、旧大陸の端にいることの感触を楽しんでいた。
「後は戻るしかないよね」
同じアジア人で同じ風貌の男どうしでも通じる言語は英語だけだった。
お互い不慣れな言葉でそう話すと、バスに戻った。

バスが終点につく頃、首都リスボンは夕暮れの活気に包まれ、ローマ時代の古城は貧相な色電球で飾り付けられていた。
2人でそこにのぼり、今しがた行って来たばかりの西の方角を見渡すと、まさに夕日が沈んでいくところだった。
驚くほど赤く染まった古い都は千年かける365分の1の夕焼けを悠然と抱き、大西洋にじゅうじゅうと湯煙を上げて沈んでいく夕日を楽しんでいるかのようだった。
後は戻るしかない、そう思った。
彼とどうやって別れたのかはおぼえていない。
おぼえているのはろくに言葉も通じない僕らが、少しだけ西洋を理解した気になっていたことだけだった。

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