no.16 2000/07/01

title:ヴァーラーナスィー

ベナレスの街角で腕時計を見つめたまま固まっている男と出会った。
彼は若い日本人でどうやらガンジャの虜になったままずっとここにいるらしかった。
どうしたんだい、と聞いたら腕時計の秒針がカチと動く一瞬にどれだけのことを考えられるか試しているということだった。
おまえは馬鹿だよ、そして一生そのままだよ、と伝えたら彼はとても喜んだ。

彼と彼がガンジャを仕込んだ店に一緒に行くことになった。
ガンガーのほとりにあるそのラッシー屋は、川の水を汲んできて羊の乳を発酵させた液体を入れた布袋を子供に踏ませて準備をしていた。
この川の上流では確か火葬をしてその灰を流しているんだった。
そして時折、海豚が泳いできては火葬されずに流された子供や自殺者の死体を押し流したりするらしい。

その川の水でこしらえたラッシーが運ばれてきた。
僕は彼と何かを話しながら緑色に変色したヨーグルトドリンクが茶碗に入ったものを少しずつ飲んだ。
ガンジャの葉っぱをすりつぶした緑の液体よりも、火葬者の死灰のほうが僕の胃袋をだんだんと支配していく気がした。

彼としばらくベナレスの町を彷徨ってホテルに戻ることにした。

さっきまで強い日差しだったのに、もう暗くなっていた。
結婚式でもあったらしく蛍光灯を放射線状に並べた飾り物をつけられた象を中心に行列が街を行進していた。
ああ、めでたいんだ、と思った。
ガンガーは昼間の泥色の流れが、色とりどりのタンジェリンドリームとなってたくさんの蓮の葉を遊園地のコーヒーカップのように回しながら流れていた。
中空から僕を見つめている彼女と今日だけは話をしても良い、って誰かが教えてくれたけど、あまり話す事もなかった。

いつのまにか彼はいなくなり、僕は一人になっていた。
細い路地に迷い込んで現地の若者たちが歩いていくほうへついていってたら、みんなして路地を逆行して戻ってきた。
向こうから年老いた牛が入ってきたのだった。みな諦めの無表情で、来た道を戻ってきた。その後ろを無表情の牛が歩いてきた。
ちっとも美味そうじゃなかった。

ホテルに戻って小うるさい主人と少し話してシャワーを浴びた。
隣の部屋に泊まっている日本人カップルの女性がどうしても僕とセックスしたい、といってきた気がしたが、面倒だったので断って、部屋に戻った。
そうしたら知らない女がベッドに寝ていて、随分待ったのよ、と泣いていた。

ああ、そういうことか、と理由もなく納得した僕は彼女を抱きながら目の奥から流れてきた幾何学模様をどうにかして目から取り出せないかって事ばかりを考えていた。

ようやく菱形のセルロイドを取り出したときに朝が来たようだ。

僕は一人残された部屋の中で腕時計を少しだけ眺め、そしてこの部屋に時計を残していこう、と決めた。

Taka
end
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