no.3 1999/05/03
title:旅の街から
CS放送に加入して以来、少し前の昔の番組を見る機会が増えている。最近ではSKYサービスの「FOXファミリー」チャンネルで再放送している「旅の街から」という番組を続けて見ることにしている。
これは確か1989年頃に味の素の提供でテレビ朝日系で放送されていた番組だ。
テーマ曲が秀逸で、梶原 順という方(確かギタリスト)の作曲であったと思う。
特に憶えているのが作家の立松和平がインドを旅したものや細野晴臣氏がブルガリアを旅した放送などである。
あの地平線を思わせるテーマ曲に乗って懐かしいカルカッタの街が紹介された瞬間、確か日曜日の朝10時頃、京都のアパートでぐいぐい画面に引き込まれていたことを、よく覚えている。
1999年現在で、ほぼ10年前の番組を見るといろいろなことを考える。
この10年間で自分をめぐる環境は大きく様変わりしている。
結婚し、父親になり、仕事は同じ業界ではあるが、会社を移ってそこの社長になっている。
ところが、画面を見ている時の感情はほとんど変わっていないのだ。
同じく海外に憧れ、どこかに日常からの離脱、いや逃げを求め続けている。
いつか別のテーマで書くと思うのだが、10年前の流行・風俗と現在はあまり変化が無いように思う。
日本の文化、特に街の文化が大きく変わったのはバブル時期、つまり1987年〜1990年の頃だろう。
他のテレビ番組、特に1986年以前の再放送を見るとつくづくそう思う。
化粧といい、髪型といい、喋る内容、そのスピード、物腰に至るまで、すべてが古く感じてしまうのだ。
ところが1989年ともなると、日本はバブルの洗礼を受けてすっかりお洒落になってしまう。
なんだかアジアの匂いがすっかり消えてしまい、妙に西洋人になってしまった感がある。それは音楽においても同じだ。
その後現在に至るまでの10年間は、逆に進歩が止まってしまったかのように、変化が小さくなる。
今、1995年頃のCMやドラマを見てもちっとも古く感じないのはそのせいだろう。
遠い将来、昭和〜平成史を記す人たちは1980年代と1990年代を大きく分けて記述するに違いない。
少し話がそれてしまった。
旅の街からという番組を10年ぶりに見ながら、私が尊敬する知人から言われたことを思い出した。
「アワヅに年賀状を送ろうと思っていろいろ写真を探したんだけど、夫婦してこれがいい、ってことになったんだよ」。
そういうことで送られてきた年賀状はチベットの人々が詩的に描写された写真だった。
「お前にとっての海外旅行は、取り戻しの旅だと思うんだよ」そう指摘されてみると、確かにその通りだったような気がする。
いろいろな海外旅行の意義、目的があると思うのだが、多くは自分に刺激を与えて楽しみ、何らかの糧にしよう、ってことだろう。
だが、私の場合は「失った何かを取り戻しに行く」旅じゃないか、と指摘されたわけだ。
そして、何故だか自分でも納得してしまった。
生まれて34年間、数えてみれば11回もの引越を繰り返してきた私にとって、失ったものは少なからずある。もちろん、得てきたものもその数だけ、ある。Rolling Stone、苔むす前に転がり続けることが、自分の存在価値だとまで考えている。変化の無い人生など考えられないのだ。
その私がインドやバリに惹かれ、そして次にはアンデスやアステカ、チベット、オキナワにいきたいと考えているのはある種その反動なのだろう。もっとも今はそのような時間もお金も無いので、テレビで楽しむだけであるが。
旅の街から、という番組のコンセプトはまさしくバブル絶頂期に企画されたものだろう。
だがしかし、その内容のリッチさや出演者の豪華さに反して、あの物悲しい、遠くを見つめるようなテーマ曲が作曲されて採用されたことが、なんとなく私の反動と同じようなルーツにある気がしてならない。
10年前のバブルを思い起こす時、すべての国民がマネーに走っていたような表現を見かけるが、実際には時代の流れと違う方向で作られたテーマ曲や、それに惹かれてしまう若者がいたことも、事実なのだ。
ひるがえって、絶不況とまでいわれる現在においても、その反動が蠢きつつあることを期待したい。
そして、自分自身がいつの日も時代と違う部分で動いていることを願ってやまない。
Taka
end