ご隠居 | 源さん |
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こんちは〜、ご隠居。 | |
源さんかい。あいかわらず元気が良いねえ。どうだい、その後、娘さんのお勉強の方は。 | |
おかげさまで順調で。今日も塾から帰ってきまして「おとうさん、鏡に写ると右と左が入れ替わるんだよ」な〜んてこと言ってきましてね。 | |
ほう、右と左が入れ替わるねぇ。今だに世間じゃそんなこと教えてるのかい。 | |
へ?そんなことって。 | |
鏡はね、右と左を入れ替えたりしないよ。 | |
・・・・・・・。 | |
どうしたい、源さん。 | |
いや、あっしもね、いつかこんな日が来るんじゃないかと思って覚悟はしてたんですがね、こんなに急に・・・・・。 | |
何の話だい? | |
いつもボケ老人なんて、からかってましたがね、いざ本当にボケられちまうとねぇ、寂しいもんだ。 | |
何が「寂しいもんだ」だよ。あたしゃボケちゃいないよ! | |
いやね、そうおっしゃいますが「鏡は右と左を入れ替えたりしない」なんてことを急に言出だされるってぇと「こりゃ来たかな」と。 | |
だからね、その「鏡は右と左を入れ替える」ってぇ物言いが間違いだって言ってるんだ。 | |
しかしご隠居、世間一般じゃそういうことになってますし、子どもにもそう教えてますよ。 | |
それじゃあ、源さん。「鏡が右と左を入れ替える」ってぇのは、どういう事を言うのか言ってごらん。 | |
へえ。鏡の前に立つってえと向き合って自分が写りますよね。 | |
うむ。それを「鏡像」と言うな。 | |
はあ。ほんで自分が右手を上げると、鏡の中の自分・・・・鏡像ですかい、それも手を上げるんですが、向かい合ってますんで、これが反対の左手になっちまうんで。 ← 鏡に写っている自分を見ている人間を、真上から書いてみましたの図 |
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そうじゃな、その事を世間では「右と左が入れ替わる」としておる。 | |
それが、間違いだとおっしゃるんで。 | |
いかにもじゃ。 | |
でもね、ご隠居。そんな話、聞いたことありませんぜ。 | |
ふむ。それではじゃ、上の絵にもう一人、加えてみようか。 |
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え〜と、これは・・・。 | |
どうじゃな?2人目=「手を上げている人物の東側の人物」は鏡の中でも東側に写るじゃろ。 | |
はいはい。 | |
で、この2人目の人間がまた、右手を上げるとこうなるな。 |
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なるほど | |
西・東で見ると、位置関係は変わっとらんのに、やはり、右手を上げると鏡像は「左手」を上げているように見える。 | |
ですね。 | |
つまり、個々に左右が入れ替わっているようなことになるな。 | |
う〜ん。 | |
さらに1人目の右手側、左手側という見方をすれば、2人目は実際には右手側、鏡像では左側と、入れ替わってしまうじゃろ。 | |
はあ。 | |
しかもじゃな、寝っころがって鏡を見ているって話しになると、さらに、こんがらがる。 | |
へ? | |
この図のように、左側を下に寝ているとするな。ところが、鏡の中では右が下側じゃ。この場合は、上下が逆になってるんじゃあないかね? |
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あれれ? | |
さらに、図にさっきの2人目の人間を加えるとな、こうなるな。 |
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はいはい。 | |
この場合、2人目の人間は現実にも、鏡の中でも1人目の足側に位置しておる。1人目が立っていたさっきの場合はどうじゃったかな? | |
え〜と、実際には右手側、鏡像では左手側でしたが・・。 | |
どうじゃ、おかしいじゃろう。2人目の鏡の写り方は、どちらも一緒なのに、さっきの方では「右側」と「左側」が入れ替わったという認識になるのに、1人目が寝転んだとたん、位置関係は変わらないときている。 | |
あれれ??なんか、こんがらがって来ましたよ。 | |
「鏡が左右を入れ替える」と考えるから、ややこしくなるんじゃ。鏡が入れ替えるのは、左右ではない。 | |
じゃ、何を入れ替えるんで。 | |
それはな、「前後」じゃ。 | |
「前後」? | |
この絵を見てみなさい。鏡に向かって矢印を写すと、鏡像の矢印は、こちら側を指すじゃろ。つまり、前後が反転しておる。鏡がやるのは、これだけじゃ。 |
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あれれ?じゃ、なんで左右が入れ替わるように見えるんで? | |
それはな、人間が入れ替えておるんじゃよ。 | |
へ? | |
つまりな、下の図で、「前後」を入れ替える(a)が、鏡の働きでな、前後が入れ替わっているってんで、くるりとひっくり返して、左右を入れ替える(b)は、人間の脳の働きじゃろう。 |
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左右は、ひっくり返るんじゃなくって、ひっくり返していた・・・・。 | |
そういうことになるな。つまり、お前さんの娘さんは、今日、そのひっくり返し方を学んだことになる。 | |
う〜ん、わかったような、わからないような。 | |
それじゃな、源さん、そこの鏡の前に立ってごらん。 | |
へい。 | |
それでな、妖怪にいたじゃろ、頭の後ろに口があるという、前後が入れ替わっておるのが。鏡に写っているのは、それじゃ! | |
へ? | |
それ、源さん、右手をあげてみろ。 | |
へ、へい。 | |
鏡の中の「妖怪」はどっちの手を上げておるかな。 | |
み・・・右手です。 | |
な、そういうことじゃ。 | |
う〜ん、いまいち納得いかない〜。 | |
ほっほ、何事も精進じゃよ。 |