1997年4月号 |
記念すべきマスコミ登場第1弾。サイビズというパソコン月刊誌の取材班が東京からやってきた。聞けば、うちくらい小さな企業で高価なNotesを導入し、さらに仕事で本当に使っているなんて・・・ということだった。非常にパワフルな取材陣3名と八代の夜を飲み明かし、翌日の取材はみんな焼酎くさい、そんな若かりし日々・・ 1997年という思えば日本のIT産業の黎明期のような、まだインターネットという言葉すら一般的でなかったような、そんな時代に気勢を吐く専務(当時)。読み返そうにも恥ずかしくてとても。 Notes導入から半年、いろんなことを試していた時期の記録でもある。 この雑誌掲載の後、その流れでCOMDEXで喋ることに・・・ |
1997年10月増刊 |
前回と同じ出版社からSOHOコンピューティングという雑誌が創刊されることとなり、アワズデンタルはその記念すべき創刊準備号を飾りました。前回の取材陣と同じメンバーはカメラマンだけでしたが、すぐに打ち解けてまたも夜の街へ・・ 取材は米国出張から帰ってすぐに行われ、いよいよこれから日本もITだっという盛り上がりをそのまま伝えたような記事になりました。ちょうど当時の社長(親父)が怪我で入院していたのですが、どうしても親子二代のツーショットが欲しいというので、病室に押しかけ、上着とネクタイだけ着用させて撮った写真とか・・ なお、その後月刊CYBIZは無くなり、SOHOマガジンは今でも人気雑誌ですね。 |
1998年8月号 |
前回の取材から1年後、今度は本家本元のSoftbank社Notesマガジンからお声が掛かりました。今度は前回までの一般大衆向けではなく、完全な専門誌、それもNotes技術者しか読まない雑誌とあって、取材も非常にシビアでした。あんまりぴりぴりしたムードで取材が続くので、夜はしっかり熊本市でドロドロに。しかし、こうやって東京の方々、それもまったく畑の違う人たちとの会話は面白かったです。 それにしてもこの3年余りでうちも随分変わりましたね・・・ |
2000年4月号 |
それから1年半ほどおとなしい生活を送っていたのですが(というわけでもありませんけど)、今度はSOHOコンピューティングの時に取材してもらったライターの方から連絡があり、その後どうなったのか興味がある、とのことで、東京から日帰りで取材を受けました。お昼休みに食べに行ったうどんに一番感動して帰られました・・・ でもさすがはプロ、きちんとまとめて記事になっているのですね。 前回と比べ、随分とシェイプアップし、様変わりした弊社を鋭く観察され、おかげで自分自身でいろんなことに気付くことができたように思います。 |
日本歯科新聞2000/09/12 |
これは業界新聞ですが、この年の8月からインターネットを利用した通信販売を業界ではじめてスタートし、取材を受けました。いやその反響の恐ろしいこと。直接掛かってくる電話やメールは好意的なものばかりなのですが、裏では相当叩かれていたみたいです。ぜんぜん気にしませんでしたが(笑)。その発火点を作った記念すべき記事であります。 |
日経ビジネス | |
日本歯科新聞 |