「矯正治療は歯を動かすこと」と一般的には思われがちですが、苦労してせっかく新しい場所に移動した歯が後戻りをして元の位置へ戻ってしま
ったのでは何にもなりません。そればかりか患者さんの信頼を失うことに
もなりかねません。この「後戻り」に重要な役割を果たしているのが実は歯および歯槽骨周囲に存在する扁桃、舌、口輪筋、頬筋などの軟組織なのです。わかりやすくいうと歯は内側からは舌の圧迫を、外側からは口唇や頬筋などの圧迫を受け、それらの力のバランスのとれたところに並んでいるのです。元九州歯科大学矯正科教授の横田成三先生はこのことを「咬合の場」というわかりやすい言葉で表現され、矯正治療における軟組織の力のバランスの重要さを表現されました。歯芽および顎骨はこの「咬合の場」内で移動されていれば安定し、それからはずれた場合は不安定となっていわゆる「後戻り」を起こすわけです。本日は矯正治療における治療後の安定性に重要な役割を果たしているこれら口腔周囲筋にスポットを当て、その臨床的な診方と臨床上の意義について、これらを軽視したがための私自身の失敗例を交えながらお話ししたいと思います。私のつたない経験が
皆様の今後の臨床において何らかの参考になれば幸いです。
「愚者は自らの経験からしか学ばず賢者は他者の経験からも学ぶ」